8. 不足が起きたら裸で生まれた昔を思え


◎『不足が起きたら裸で生まれた昔を思え

(一)人生不足に満つ
 人間の世の中は、「不足」と、「不平」と、「不満」のかたまりとも言うべきほど、多くの人々が、「不足」を言っております。「不平」満々であります。
 その人間の世の中で、「不足」をなくし、「不足」を言わず、「不足」を思わぬ様にするのは、ちと無理な相談かも知れませぬ。
 が、「不足」ほど、その人の心を焦らし、とげとげしいものにするものはありませぬ。-つまりその人を不幸にするものはありませぬ。
 そして、「不足」を言って得る所は、少しもこれ無しとも言うべきで、損こそゆけ得は毫(ごう)もないとすれば、「不足」をやめにする、無くする事について、少し工夫を要する次第であります。
 実際、昔からの悟った人とか、えらい人というのは、皆、「不足」を無くする、「不足」という、人生の頑強な執拗な敵を殲滅する事に成功した人の事であります。

(二)大西郷のエライところ
 明治の初年、大西郷のところに弟の従道-(この人も後、幾度も海軍大臣ともなったえらい物でしたが) が一緒に住んでおった事があります。
 ある朝、兄の隆盛は、いそぐ用事があって早く飯を食って出て行ってしまいました。そのあとでおそく起きた従道が朝食をする時、一口吸った汁が、まったく塩気のない水の様な味なので、これはどうしたのか、食えればせぬではないかと、炊事をする雇婆(やといばあ)さんに不足を言いますと、初めて気づいた婆さん、朝早くあんまりいそいだので醤油を入れることを忘れてしまっていたのでした。 そこで従道もあきれて、それはそうと、兄貴はこの汁で食っていったのかと訊きますと、
 「ハイ……いつもの様にたくさんご飯をおあがりになって、出て行かれました」
との返事に、従道もますますあきれて、しばし沈黙の後、
 「やっぱり兄貴はエライなぁ!」
と、つくづく感心したという話があります。
 大西郷のえらかった事は、今更、言うまでもありませぬが、こんなちょっとしたところに、そのえらいところの片鱗、と言うよりは、むしろ、全貌が現れているのではありますまいか!愚痴も言わぬ、不足も言わぬ、そこに大人物の大人物たるところが最も明かに見えるのであります。

(三)頭山翁のえらさ
 中国の清朝時代の末から、革命の初期にかけて、南方第一流の人物と称せられた岑春(しん しゅんけん、チワン族、1861年-1933年、清朝末から中華民国初期の政治家)という人がありました。この人の息子さんが日本の東京留学中、頭山さん(頭山 満(とうやま みつる、18551944、明治から昭和前期にかけて活動したアジア主義の巨頭)のお世話になったという事で、-それで、かの一大革命成功後、日本から頭山、犬養の二巨頭が、国賓待遇で彼の国へ迎えられた事がありました時、その岑の息子さんが、日々、頭山さんを諸方へ案内して、名所古跡という様な所を見せてあるいたのでした。
 で、ある日、父に向かって言いましたことに、
 「お父さん、どうも頭山さんという人は変わった人ですね。えらいのか、ぼんやりしているのか、わからん人です。
 この間中、毎日各所へ御案内しているのですが、-今日はどこへまいりましょうと言えば、うん、よかろうと言う、そして黙って私について来るのです。
 ここで休息しましょうと言えば、うん、よかろうで休息します。一つ昼食と言えば、よかろうと言って、そうする。-もう帰りましょうかと言えば、やっぱりだまって帰って来る。まるで、何一つ考えも意志もない人間の様で、一切万事、青二才の私の言いなり次第で、黙々と私について来るの です。
-あれで、一体どこがえらいのかと思います。
……どうも、考えてみると変な人です。あきれました。」
 これを聞いた父、岑春は、ハタと膝を叩いて、
 「いや、それでわかった!日本の頭山と言えば、一流の大人物と聞いてはいるが、今まで接した事がないので、どれほどえらいのか、わからなかったが、今お前の話を聞いて頭山さんの真のえらいところがよくわかった。
 平素、一切の事に関しも不足を言わぬ人、少しも我を立てぬ人こそ、真の大人物なのだ。……そして、そんな人は、いざという大事に臨んで、こうと決心した時は、何人がなんと言おうと、たとえ国を挙って反対しようとビクともびくともせぬ人、断じてその決心を動かさぬ人なのだ」
と、答えたそうです。
 英雄、英雄を知るという言葉があります。-息子さんの方にはわからなかったが、さすがに親爺さんの方の岑春は、すぐ頭山さんのえらいところを知ったのでした。
 すべて、こういう風に、大人物は、決して、こせこせ小理屈をこねたり、ぶつぶつとつまらぬ不足を言わぬものなのです。

(四)鋳掛松の話
 もっとも、不足を思わぬのがいい、不足を言わぬのがいいといふ事は、誰しも知っている事でありますが、ただ、それをやめる工夫、とめる方法に苦しむのです。
 いや、工夫や方法もいろいろ考えもする、ありもするが、実際において、それがどうも行われぬのに困るのであります。
 「上見れば、あれほし、これほし、星だらけ」
というしゃれもあります。
「上見れば及ばぬ事の多かりき笠着て暮せおのが心に」
という有名な教訓の歌もあります。
 ところが、昔、鋳かけ松という大泥棒は、その初め毎日、鋳掛道具を肩にして江戸の町をあるき、鋳掛仕事を熱心にやっていたのですが、あるゆうべ、両国橋の上から、美妓を乗せた贅沢な納涼船(すずみぶね)を見て、ふと野望を起こし、太く短く世を渡る気になって、いきなり、かんじんな鋳掛の商売道具を天秤棒ぐるみ河の中へ放りこんで、それから泥棒になったと申します。
 これは、下を見てくらせば不足も起らね、間違いはないという教訓に対して、下を見ても- (橋の上から下を見たのがもとですから) つまらん野心を起こす場合があるといふ事のたとえに、よくひかれる話ですが、それはこじつけの皮肉としましても、単に自分より下の生活を見て諦めをつけるという様な消極的な考えばかりでは「不足」はとまりせん-も一つ根本的な考え方が必要でしょう。

() 丸裸で生まれた人間
 徳川家康が遺した、「人の一生」というあの名教訓の中に、
 「不事由を常と思えば不足なし。心に望(のぞみ)おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし」とある。-いい教訓であります。
 しかるに、ある豪家の若旦那が、ぜいたくでわがままで、それに困り入った主人が、さる教育家に、教訓を頼んだ事がありました。その時、教育家先生、この東照宮神訓の語を引いて、諄々と説ききたって、だいぶこたえたであろうと思って、どうかと聞きますと、あに図らんや、その若旦那が
 「私は生まれてからまだ一度も困窮した事がないので、困窮したる時を思い出すべしと言ったって、思い出し様がありません」と言ったとの事で、さすがに老練な教育家も二の句がつげなかったと申します。
 ところが、その後、その若旦那が黒住教の先生のお話を聞いて、
 「不足が起きたら裸で生れた昔を思へ」
の一語に、なるほどと合点して、ぜいたくやわがままを慎む様になったといいます。
 どんな名門長者の若旦那も、おぎゃあと生まれたその時には全くの無一物で、身には一糸もまとっていなかったのです。これだけは、貴賎貧富、男女老若、賢愚強弱を問わず、全く平等であり、同一でありますから、いかなる人も生まれた時の、真っ裸の姿を思い浮かべて、そこに深い深い反省と謹慎をなし得る次第であります。
 およそ、人の「不足」を止めるに、これほど簡単明瞭で、これほど徹底した教訓はありますまい。
 「裸で生れた昔を思へ」
 この一句で、一切は完(まった)しであります。
 が、赤木先生は、さらにその同一の趣旨を、歌をもって、
 「褌(ふんどし)も下巻もなし丸はだか何んぞ有つたか生れた時に」
と詠んでおられます。
 これは、一層露骨で、いささかぞんざいに過ぎますが、一読何人も苦笑の中(うち)に反省を禁じ得ぬことでしょう。
 この歌を下品なと、顔をしかめられるであろう、御上品な紳士淑女諸氏も、お生まれになった時には、何一つ身につければおられなかった、その当初をふりかえって考えられると、衣裳の上に、いや、一切のことに、かれこれぜいたくを言ったり、不足を思ったり、してはおれないはずであります。
 「何んぞ有つたか生れた時に」
は、いかにも、赤来先生らしい言葉であります。

(六)真の向上心と感謝
 さて、天は、神様は、人間に向上心を与えれられました。-また自由の意志を与えられました。
 これは、他の何者にもない、人間への殊恩(しゅおん)であり、従って、それは、人間の特長であり、特権で あります。
 が、一利一害と申しますか、人間は、その二つのもののために誤ったり、苦んだりしているのであります。
 それは、たとえてみればちょうど、眼があって物を見る、その幸いが煩悶の種ともなって、見るがために、見得るがために、いろいろ心を動かされたり、悩まされたりしているのと同じであります。

 ただ達人だけは、眼によって物を観得るところのみを楽しんで、観るがためにかえつて苦しむの愚をしりぞけ去り、祓い去ってしまっています。-!そして、それと同様に、向上心の特権を発揮して、ずんずん向上の途(みち)を一路まい進しますが、決して、「不足」の弊に悩まされません。
 天与の尊き自由の意志を働かして、一歩一歩、理想の途を進んで行く。それは、まことに結構な事で、神様もお喜びになる事であります、またご満悦遊ばさるるところであります。
 が、よく注意せねばならぬ事は、不足の心と、真の向上心とは大いに違う事であります。似て非なる事であります。ー「不足」は、向上心に伴う一種の悪い副作用なのであります。
 真の「向上」に感謝の中(うち)に力強く萌(きざ)し、希望の中にぐんぐん伸びて行きます。そして成功の美果(びか) を結びます。-それは、極めてほがらかな、積極的な陽性なものであります。
 ところが、「不足」は、陰鬱 (いんうつ)な、消極的なもので、すべて伸びる力を抑え、発展する勢いを殺ぐもので あります。どこまでも陰性なものであります。
 私共は、今、万物の霊長として、この世界、この国住んでいる、生かされているその事に、深く感謝するところあり、肯定する所あつて、しかして、神さまのお恵みで、また先人の、古人の努力で、かく進んだ、ありがたき世にある事を思うて、その恩返しに、少しでも不完全と思わるるところ、気づいたところを、後世のために、次の時代(ネクストゼネレーション)のために善くしようと、喜び勇んで、楽しみ切って努力して行かね ばなりませぬ。ー ここに、本当の向上心が生まれます。

 一切の進歩向上は、愚痴や、不平から生せずして、感謝と希望の中からぐんぐん伸びて成果を結ぶのであります。


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