◎『天に任せよ』-『自然に任せよ』
(一)「天」-「自然」
「教えの五事」には、「誠を取り外すな」が、第一に掲げられて、その次の第二に「天に任せよ」があり、それから「我を離れよ」の順序となっておりますが 、-「道の栞(しおり)」三十ヶ条には、「誠を取外すな」
を第一とし、「我を離れよ」が第四に出て、第五に「自然に任せよ」とあります。
どちらも、「一」から「五」まで、順序は違っても内容は同じです。-従って、前者の「天に任せよ」と、後者の「自然に任せよ」は、全く同一の御趣旨と見るべきでしょう。
「道の栞」の方は、三十ヶ条になっていて、はじめの五つの個条に対する細目が段々と掲げられておるのですが、その中(うち)に、「人智を去って天に任せよ」というのがあります。その関係もあって、はじめのが、特に「自然に任せよ」と成っておるものと思います。
教祖神は、時に「天に任せよ」とも仰せになり、また、時には「自然に任せよ」とも仰せになっていたもので、-いずれも同じ意味の、しかも正しく教祖神のお口からお説きになり、お諭しになった、正しき「御教語」に相違はありませぬ。
もっとも、「天」というのと「自然」というのとは、その概念は別として、だいたい言葉のひびきに幾分の相違があり、従ってまた、これを受ける私どもの感じにも多少の相違はありますが、同一の意味を、そ
の時その時で、「天」とも「自然」とも仰せになったものとして、ここでは、全く区別なく、両者を交え用いる事とします。
(二)修行の順序
さて、修行の順序としては、「道の栞」の様に、まず「我を離れ」て、そこで「自然に任す」、すなわち「天に任す」となるべき事と思われますが、-それが、特に「右宗忠神常に教へ給ひし順序なり」
と書き添えてある「教えの五事」の方で「天に任せよ」の方が先になって、それから「我を離れよ」 となっておる事に関する不審については、教祖神より御神告(ごしんこく)があって、......
「それは、我を離れてから、そこで天に任すとなるのが、本当のの順序ではあるが、-我を離れようと努めても、なかなか離れ得ぬが、まず何事もありがたく天に任す気に成ると、いつの間にか、我を離れる事が出来るので、それで、「天に任せよ」の方を先に示したのである。」
と仰せになったとの伝説があります。
聞いてみると、なるほどとうなずかれます。-
「我を離れる」という事くらいむつかしいことはありませぬ。-実にこれは難物であり、難題であります。
教祖神の御大徳をもってして、なお、
「我を離れ候事のみ修行仕り候」
とあります。一般人としては、余程の決心で猛修行しなくては、少しも「我を離れ」る事は、できませぬ。-そこで、「天に任す」方から進んで行け、ごねんごろにお示しになった事と拝察しまして「……教へ給ひし順序」とある点を特にありがたく存ずる次第であります。
(三)「離我任天」
で、「我を離れる」のと、「天に任す」のとは、修行上の先後はいずれにしても、結局は不二一体のものですから、後に「離我任天」といふ中国風の熟語もできたわけですが、その
「離我任天」
は、ひとりのお道の上からでなく、実に、全人類の教説、修養の根幹であり、真髄であり、 同時に、その第一義であり、完成であり、絶頂(クライマックス)であります。-それができ上ったら、それこそ、その人直ちにこれ聖人であります。神人(しんじん)であります。
ですから、古来、この同じ事が、少しづつく異った言葉でいろいろと唱えられ、いろいろと教えられ、種々に実修の功を積まれ来たったものです。
早く聖徳太子の十七条憲法の中(うち)に、
「私を背きて公に向(ゆ)くは、是れ臣(やっこら)の道なり。」
とありまして、ここに「背私向公」の語が用いられました。
「背私向公」
は、実に純忠至誠の「臣道」の精髄であります。そして、かの大楠公の歌と伝えられる、
「身のために君を思ふは二心(ふたごころ)
君のためには身をも思はず」
は、この「私を背きて公に向く」臣(やっこら)の道の端的であります。
「則天去私」は、文豪夏目漱石の掲げたモットーであります。「天に則って私を去る」というのです。
「則天去私」
これもいい語で、-しかも、教祖神が仰せられた順序通り、「天に則る」が方が先に出ております。
かつて林首相が、しきりに「私(わたくし)を滅して公に奉ず」という、「滅私奉公」を力説されたものですが、その
「滅私奉公」
これも、「離我任天」と、その意義が根底において相通ずるものであります。
ただ、前者には政治的、国家的意義が強く、後者には、宗関係、倫理的意義が豊かな相違がありましょう。
(四)「大宇宙」の 大
「離我任天」という事の、教説としての尊さ、実修行としての重要さ、切要さは、更めて言うまでもない事ですが、さて如何にして、これを実修し、これを体得するか、……それがつまり一番肝要な事であります。「我を離れよ」については、既に別章で一応説明しました。ここでは、「天に任す」という事を申しましょう。
ここに「天」と言い、「自然」と言う、-それは、広大無辺なる「大宇宙」の事、詳しくは、その大宇宙の理法、大宇宙に自然に行われている道、天理天道の事であります。宗教的に言えば、御神慮、御摂理のことであります。
「天に任す」、「自然に任す」とは、その自然の理法、天理、天道、あるいは換言して御神慮、御摂理に遵いまつり、祇順しまつる事です。
しますると、これは、よいにも悪いにも、任さずにおられない、遵わずにはおれない、どうにもそうせずにおれない事であります。
我々の住む地球でも、周囲一万里もある大きな天球でありまして、我々をその地球に比べますと、誠に誠に小さなものでお話になりませぬが、太陽はその地球の百三十万倍もあるという事で、その太陽の二千七百万倍からの大きな恒星もあるそうです。しかもそれらの大きな星も、これを大宇宙の大に比べれば、大海の一粟にも当たらないのであります。
その広大無辺なる大宇宙の間に五尺の眇躯(びょうく)時をもって蠢動しておる、お互い人間です。―それがどんなに、威張ったって、力んだってどうなるものでしょう。
いわんや、天理天道とは、その大きな宇宙の全体を、-事々物々を規定し、支配する理法です、力です。人間がこれに背き、これに逆らう事ができるはずはありません。
(五)「人間」の卑小
あるいは、人間は小さくとも、理智において一切に優れておる とか、一切を知るとか申しますが、人間の住む小さな地球上の事すら、皆はわかっていないのです。古来ヒマラヤ山の絶頂を窮めたものもなければ、ましてオホーツク海の海底を探検したものは一人もありません。
それどころではない、肝心な、一番手近な、我々人間の小さな身体(からだ)中の事も決して知り尽くされてはいないのです。内臓の妙用-病気の原因-ましてその治療の方法に至っては知られていない方が多いのです。
これで、宇宙の理法が皆知れるわけがありませぬ。教祖神の御教誡(ごきょうかい)の通り、
「誠に少しにても我に明り入り候と存じ候へば大(だい)なる慢心なり」(一五五号)
です。
引力の理法を発見した大科学者ニュートンも、人間の知識は、あたかも海辺に打ち上げられた少しばかりの貝殻を拾うて喜んでいる子どもの様なもので、大海の中には、どのくらい多くの貝類があるか想像も及ばないが如く、未知の真理の方が、既知の真理の幾万倍あるか、思えば心細い至りであると言っておる次第であります。
人間は、まずこれらの事を考えて、その不当極まる自惚(うぬぼ)れといいますか、慢心といいますか、それを 取り去らねばなりませぬ。
(六)「自然の征服」の語畏るべし
あるいは、文明は自然を征服すと申しますが、「征服」などとは、誠に空おそろしい言葉です。
人間の住む地球、周囲一万里もある地球そのものすらが、大宇宙に比ぶれば、大海の一粟(そく)にも当たらぬ小さなものです。然らば、お互い人間は何とたとえていいでしょうか?
昔、「小さな歌」の詠み比べをしたという話があります。-まず紹巴(しょうは)が、
「芥子(けし)粒の中くりぬいて家を建て奥の座敷で書見(しょけん)書き物」
と詠んだと云います。極めて「小さな人間」ですが、曾呂利新左衛門は、それを受けて、
「芥子粒の中に家建て書見する人にとなった蚤の睾丸(きんたま)」
と詠んで、勝ったということです。
すいぶん小さなものを詠んだものでありますが、大宇宙に対する人間の小ささは、なかなかそんな歌では現せません。
その小さな人間が、大自然を征服するなどとは「事もおかしや」というところです。「何を小癪な!」と、自然は怒るでしょう。
そこで、小悧巧(りこう)な人間が、「耐震耐火」などと自慢して煉瓦や花崗石(みがけいし)の建築をして、威張っておりますと、東京の大震火災で、そんなものが何の役にも立たぬ事をいっぺんに見せつけられました。-地下何間(げん)と掘り下げて、堅牢な基礎工事をしたつもりでも、大地の底の底よりもぐり上げる振動に
は、ひとたまりもなく倒壊してしまいました。何千軒何万軒の焼ける大火の火力には、煉瓦も石も、みな焼けてしまいました。「自然」は、定めし
「小験な人間とも!どうなら、俺の威力がわかったか?-たわけめが!!」と、怒鳴って溜飲をさげたことでしょう。
文明は、決して「自然を征服する」ものではなく、反対に、自然の理法をより緻密に研究して、一層忠実に「自然に祗順(しじゅん)」し、一層鄭重に「自然の力を借用する」ものなのであります。
地上しかあるけなかった人間が、飛行機を発明して、天空を飛ぶ様になったのは、一面自然を征服した様にも見えますが、実は、理学的の自然の理法に充実に従って、自然の一部の力を巧み借ったまでのことです。
地球の引力という大きな力には、遂にどうすることもできないのであります。-如何に勢いよく飛んでも、いつかは、どこかで着陸せねばならぬのです。
(七)本来人に自由なし
そもそも、自然の理法によって生み出された人間であります。-生るる時、その生るる事を知らずして、この世に生まれ来たお互い人間であります。死する時、その死期を知らずして死んで行く人間であります。
「人は親を選ぶの事由を有せず」と申します。その通りのことで、知らぬ間に親が決まっていたのであります。同様に兄弟姉妹を選ぶの自由を有しないのです。みな、我が力の及ばぬところで決定されていくのです。妻を選び、夫を選ぶの自由はいくらかある様ですが、これとて半ば以上は偶然です。いや、全体が神様のおはからいと言うのほかはないのです。-我が子に対してもそうであります、生まんとしても生み得ず、生まざらんとしても生まれます。生るる子の賢愚、強弱、これ、はた我が自由にはならないのです。-親を選ぶの自由がないと同様に、子を選ぶの自由さえ有しないのです。
考えてみれば、それも当然の事で、この五尺の「我が身」、正真正銘の、これこそ「我がもの」と思えるこ「我がからだ」さえ、実は我がものではないのですから、……従って自由にならないのですから、……そして、捨てる時が来れば、待ったりなしに捨て去らなければならないのですから……
教祖神は
「我が我れと思ふ我が身は天の我れ
我がものとては一つもなし」
とおよみになりました。
時尾高弟は
「我がものの我がものならぬ此身(このみ)かな
受けし覚えのあるにあらねば」
「思ひ見れば命は天のいのちにて
宝は御代(みよ)の宝なりけり」
と詠まれてをります。-深く思いを致しますれば、一切我がものもなく、我が力もなく、我が自由もないのであります。
古語に「死生、命(めい)あり、富貴、天に在り」と言い、孔子が「富にして求むべくんば、執鞭(しつべん)の士と雖も吾亦之を為さん、ー(己の力で富が求め得らるるならば、馬車の御者という様な賎業でもするが、到底天命で如何ともすることができないものであるから、自己の使命に専ら力を致すの意) ーと言ったのも、みな、同じ真理を、道破(どうは)した言なのです。
(八)人間の小智小能
神様の事を「全科全能の神」とも申します。まことにその通りですが、これに対して、人間は「小智小能」とでも申しましょうか、あるいは進んで「無能」ともすべきでしょうか、ーとにかく与えられた小範囲の中での、少しばかりの智能と、ほんの少しの自由しか持っていないのであります。
そして、一切は自然の理法に縛られておるのであります、天理天道の自然に従うのほかはないのであります。神さまの大きな御手(みて)の導きのまにまに動くよりほか仕方がないのであります。
それを、なんとかして自分の思う様にしたい、あるいは不埒(ふらち)にも思う存分になどと考えて、愚かにも自 ら苦しむのであります。
「抱かれてありとも知らずにも
我れ反抗す大いなる手に」
九條武子夫人の歌ですが、実際それに相違ないのであります。
教祖神が「天に任せよ」ー「自然に任せよ」と、御教えになり、「丸まかせにまかせよ」と力説遊ばされたゆえんであります。
イヤ、任す任さぬもない、もう任しておるのです。否が応でも任さざるを得ぬのです。
早い話が、どんなえらい人間が、どんなに力んでも、どんなに威張っても、地球の外には出られませぬ。また、地球の運行につれて動くことを拒むことも出来ませぬ。地団駄をふんでくやしがっても 二十四時間たつと、くるっと地球につれて天空で一回転しておるのです。一年三百六十五日たつとずっと何億万里の天空を回って太陽の周園を一巡しているのです。
これはほんの一例で、一切万事がその通りなのです。
そこで、私の拙詠に
「まかさじとしてもつまりはまかすなりまかすときめてまかす賢さ」
(九)無上安楽の地
ところで、そう心を決めておまかせすると、そこに従来と全く違った心境が開けます。
まず無上安楽の天地が、そこに出現します。
「何事も何事も御任せ遊ばさるべく候。皆天命に御座候間、有りがたきよりは御座なくと存じ奉り候。幾重も幾重も分別は少も少も入用是れなきものと相見え候。天道まかせ程世に安心なることは、御座なく候。心安く暮し候こそ、高天ヶ原と存じ奉り候。 其原こそ神はまします存じ奉り候」(一一八号)
きれいにおまかせすると、そこに高天ヶ原が現れ、我々もその原に住む八百万(やおよろず)の神の一柱となるの であります。
御神詠に曰く、
「天地にまかせまつりし我身にはあたへ給ひしことのうれしさ」
「何事も皆天道にまかせなばねてもさめてもあいがたきのみ」
「おまかせ」に徹底すれば、ただ「ありがたき」のみであります、「うれしさ」のみであります。
(十)天地と一体たれ
さきに、大宇宙に対して、如何に人間の微小なるものであるか、如何に貧弱なものであるか、 如何に小智小能、いな、無智無能のものであるかと話した次第ですが、-そうして、如何にもそれはそれに相違ないのですが、ーさて一たび全く我を離れて自然に任せ、天に任せ、神さまにおまかせしてしまうと、天と一つになり、神と隔てなき身となって、こんどは、不思議な力が湧き来たり、天地と共に生き通し、進んでは天地をも動かす偉大な存在となるのであります。
これは、ちょっと考えると、如何にも矛盾している様でありますが、決して矛盾していないのであり ます。
天地と離れ、神と離れた、孤立した人は、誠に哀れはかなきものでありますが、天地と一体になり、神に合した人間は、一躍無上の偉力を発揮し来るのであります。
これをたとえれば、草上一滴の露は、吹けば散る哀れな存在であります、ちょっと日の光を受ければ、すぐに乾いて消えてしまう、はかないものでありますが、一たび下の大湖(たいこ)に落ちて、その漫漫たる水と合(がっ)しますれば、大きな大きな永遠の水-乾かず、涸れず、散らず、消えざる永遠の水と成り了する様なものであります。
(十一)真我の尊さ
この点お示しくだされた、教祖神の御教えの数々、-
「天に任せ見ればすぐに我なし。…… 我れ丸でなくなれば天地のむすびし心の生ものはじめて目ざめ夢の覚る如くなり」―(一五六号)
いわゆる小我、妄我のなくなるところ、直ちに天地の力の結び成せる「真我」が目を覚まし来るのであります。ここに、人は、従前妄見の世界を去って、真覚の境地に入るのです。
前後、何という大きな相違でしょう。-そこに、誠に夢のさめた如き趣があるのです。
「我れといふ鬼の片腕ぬけぬれば世界をにぎるはじめなるらん」
「天照る神の御心人ごころ一つに成れば生き通しなり」
「天照す神の宮居(みやい)に住む人は限り知られぬ命なるらむ」
の強き力、強き命、永遠生き通しの生命、-すべては、全く神さまに任せ切って毫末(ごうまつ)も我なき
ところより湧き出(い)でるのであります。
誠 に「おまかせ」なるかなであります。
(十二)「お任せ」の真義
しかし、その「おまかせ」ということを間違って、変な「おまかせ」になってはなりませぬ。
何事も「自然、自然」と言って、せっかく天から人間に与えられ天賦の力、天より課せられた霊長者の使命を忘れて、一切それを活用せぬという様なのは、いわゆる「自然外道」とも言うべき邪道に堕ちているのであります。
「おまかせ」は、決して「放任」ではありませぬ。「捨てまかせ」になってはなりませぬ。
正しき「天道」に任すのであります、私意妄見を去り、要らざる思惑を捨てて、「天道の真」にまかすのです。
明らかな-公明正大な、簡単明瞭な、きちんときまった「天道」にまかすから、しちめんどうな 「分別」は「入用になきもの」となるのです。無意義に、はた無茶苦茶にまかすのではありませぬ。
正しき神慮にまかし、毫末も狂いなき神の摂理に従いまつるのであります。天地唯一の「誠」に従い、「誠」に任し、その「誠」と一つになるのであります。
その時、無限の力湧き、宏大なるおかげもいただくのであります。-御神訓に曰く、
「身も我も心も捨てて天地のたつた一つの誠ばかりに」
此心は知れた事には御座候へども、誠の本体は 天照大神(てんしょうだいじん)の御心なり、其のありがたき事を一筋におもひ、万事御任せもうしあげ、これにて何事も気づかひなしと疑ひをはなれ候へば、直ちに御(おん)かげは目の前に顕れ申すべく候」(一一五号)
ありがたし、ありがたし、ありがたし。
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